機構長インタビュー

人文社会国際比較研究機構(ICR)は、2014年6月、既存の人社系センターである国際比較日本研究センター、西アジア文明研究センター、日本語・日本文化発信力強化研究拠点という三領域を融合させる形で設立、学内初の人社系の学術センターとして出発しました。辻中豊機構長にICRの活動、将来の展望などをお伺いしました。

 

-新研究機構の立ち上げおめでとうございます。本日は、新研究機構に関する様々な疑問点を、機構長の辻中豊教授とのインタビューを通じて明らかにしたいと思います。よろしくお願い致します。

辻中 はい。

-それではまず、一点目なのですけれども、人文社会国際比較研究機構、英語でInstitute for Comparative Research in Human and Social Sciences (ICR)と言い、若干難しそうですが、簡単に言って何をするところなのでしょうか。また、従来の人文社会系の研究機構との違いはどこにありますでしょうか。

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辻中 人文社会系には今220名以上の教員がいると思うのですね。で、人文社会系というのは2001年に人文社会科学研究科というのができて、それを2008年に再現して、系自体は2012年にできたのですが、200名以上のたくさんの研究者が、専ら個人研究を一生懸命しているわけです。ただ、その様々な研究をしている人たちが、やっぱり現代の問題に取り組むために、学際的・学融合的にお互いに刺激を与え合うということで、2003~07年に比較市民社会国家文化特別プロジェクトというのがありましたし、それから、国際比較日本研究センターであるとか、西アジア文明センターであるとか、それから日本語・日本文化発信拠点であるとか、様々な研究グループも生まれてきています。で、今までもやっていたその学際・学融合的な試みをより一層促進する、そしてその成果を世界に発信する、そのために、まあ、大学が今研究力強化推進事業ということで、より力を入れていきたいということですので、人社系としてもそれに取り組む新しい仕組みを作った、ということです。

-はい、ありがとうございます。それでその新しい研究機構には、ふさわしいようなスローガンがあるという風に伺ったのですけれども、ちょっと詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか。

辻中 はい。英語で“Transnational Innovation through Imagination”という言葉を考えています。そこにはTransnational、Innovation、そしてImaginationという三つの言葉を入れました。特に私自身が国際比較日本研究センターということで、日本から始めて15カ国の研究をしているということもありますが、「国家の境界を越える」、そのことによって人文学・社会科学において、様々なものが見えてくる。これはみんな知っていることなのですが、それをやろうと、特にそこに力を入れてやろうと、そしてそれが様々な研究上の発見、いろんな知的な刺激があって、人文社会科学的なイマジネーションが大いに発揮されるだろうと、そのことによって、地球的な問題・グローバルな問題と格闘し得るような人文社会科学のイノベーションにつながると、そういうことを込めています。

-そのスローガンとも少し関連があるのですけれども、研究機構としてICRの目指すようなところを教えていただけたらなあと思うのですけれども。

辻中 はい。それぞれの研究は200名以上の研究者が、個別の研究も、グループの研究も進めていかなきゃいけないわけですが、ICRができることによってこれまでの研究センターが持っていたそれぞれの領域での研究だけじゃなくてもう一歩、それに属していない先生も含めて、再び「国家の境界を越えませんか?」という形で後ろから後押し、前からも引っ張るしということで、いろんな意味でサポートを強化していきたい。具体的に言うと、発信力も強化しなければいけない。外国の方との共同研究であるとか、共著論文であるとか、そういうのは非常に重要なのですね。同じ研究内容であっても、複数の国の人たちが 同じトピックスをやることによって新たな発見がある、そのことは誰でもが知っているようなのだけどなかなか自分の研究が忙しくてできない人に後ろからサポートし、前から引っ張っていくと、そういうことを考えています。

-ありがとうございます。それで、もうかなり伺ったような気もするのですけれども、更にちょっと掘り下げさせていただいて、ICRの具体的な目標と具体的なミッションというものを教えていただいてもよろしいでしょうか。

辻中 はい。今述べてきたようなことを三つの特徴・三つのミッションとしてまして、国家の枠を超えた発想と方法、「トランスナショナルな」という言葉をキーワードにしてますが、トランスナショナルな比較方法を開発する、これは我々だけじゃなくて当然世界のいろんな人と共に開発するということが、一つです。それから、その際、我々の共通の研究の持っている価値として、「共生」ということを前面に掲げていきたい。共生とは共に生きるということですが、グローバルな問題を解決するためには、自分たちのアイデンティティもしっかり保持しなきゃいけないし、そして他の国々の人々のアイデンティティ、そしてその両者がうまくミックスした、共生というのが非常に重要だということをはっきりと示したい。そして、三つ目のポイントですが、日本の人文社会科学というのは150年以上、近代化、と言いますか、これまでの伝統的なやり方に加えて西洋的なやり方を加えた新しい方向に向かい、そしてそれと格闘し、150年以上の月日が流れているわけで、その日本の持っている学問というのをしっかり方法的に高めて、更に現代の地球的な問題に格闘できる形にイノベーションしたいと思っています。

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-ありがとうございます。それでは少し角度が変わるのですけれども、他の研究機構とは異なるICRの強みというものを教えていただけたらと思います。

辻中 はい。ICRの後で述べるような主要部門がいくつかありますし、200名以上の研究者がやっているわけですが、ICR自体はそういう様々な研究グループのまた上に、上というのはちょっと変ですね。全体を刺激するような立場ですから、どちらかというといろんなサポートをすることに力をいれたいと思っています。一つは、先ほどから申し上げている国際共同研究の発信のサポート、国際共同研究ということの良さは分かっていてもなかなか踏み込めない人に、どういう形で共同研究を始めれば良いのか、そして、どういう形で共著論文を書けば良いのか、そういうこともノウハウをある程度示すことによって導いていけるんじゃないかと、そして後押しできるんじゃないかと、それから、200名以上の人がいながら、実はそれぞれの研究室にこもっていることも多いので、いろんなフォーラムを設けて、いろんな場を設けてそれでインスピレーションと多様性を重視するような研究環境を、人社系として作っていけるんじゃないかと、まあ人社系だけじゃなくって筑波大学全体でですね、人文社会科学的な研究をやっている人は何百名とおられますから、そういう人たちが集えるような研究環境を作っていきたい。で、三つ目にやはり若手の人たちがそういう方向の意味を見出せないといけないと思うのですね。私自身も34まで外国に行ったことはなかったし、35歳のときに海外で2年研究したっていうのが非常に大きな経験になっていますが、そういう意味で若手の人、なるべく早くですね、ボーダーを越えてトランスナショナルな環境に身をおいてそこでの研究価値、イマジネーション、インスピレーションというのを大切にしたいと思いますので、人材開発と育成にも力点を置きたい。先ほどから申し上げているように、日本型の研究というのは、日本だけを相手にしているわけではなくて、これはどこの国でもですね、いわゆる西洋、欧米といわれる国々以外の全ての地域の人たちが直面するような問題に直面し、その後克服し、新しいものを作ってきていますから、日本型研究というのは意味があるのだというのを抑えた上でよりそれを普遍的なものにイノベーションしていくということを四つ目のポイントにしたい。最後に、価値の問題を少し言いましたし、発信の問題を言いました。そして日本の持っている、日本という社会の持っている価値もありますし、日本型研究の持っている意味もあるとおもうのですが、そういうものを発信するというのはややもすると社会貢献・社会還元型に見られがちなのですが、そういう社会に発信する、貢献するという側はやはり基礎研究がオリジナルである、どこの世界、どの地域にとっても意味のあるオリジナルなものを持っているということが重要なので、後で紹介するようなそれぞれの部門はオリジナルな基礎研究もしっかりやりながら、社会還元型・社会貢献型の発信もしていきたい。そういう意味で両者がうまくミックスするそうしたものにしていきたいと思っています。

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-ありがとうございます。それでは少し話にも出たんですけれども、次にICRの主要研究部門を簡単に教えていただけますでしょうか。

辻中 はい。私自身が中心にやってきたのは国際比較日本研究部門ということです。さっきにも触れた、比較市民社会国家文化特別プロジェクト、これにもたくさんの人が参加していただきましたし、それ以前から1990年代から、日本と他の国の、市民社会と政治・ガバナンスを比較するという大型研究を続けてきました。それが今は日本から始まって中国だとかロシア、アメリカ、ドイツ、ブラジル、エストニアであるとか、トルコであるとか、バングラデシュであるとか、ポーランドであるとか、今はタイとインドをやっていますが、様々な国に及んでいるわけで、そういう15カ国に及ぶ地域で、市民社会とガバナンスを考える。特にオリジナルなデータ、つまり自分たちの自らやった調査データを基にしながら世界的にも意味のある日本の位置づけであったり各国の位置づけを明らかにするような研究部門があります。これも20名、30名の人が世界中の人が参加してくれています。これがひとつの部門です。で、もう一つはですね、文明史研究部門と言いますが、人社系の中には今西アジア文明研究センターというのが数年前から大きな研究をしています。考古学、歴史学、それ以外に言語学、様々な人が西アジア地域、イランであるとか、シリアであるとか、かなり幅広い地域の文明、それも当然紀元前から、現代に至るですね、特に古代に強いわけですが、その文明を研究しています。この研究の非常にユニークなところは、世界の何大文明とかいうのがありますし、現代の文明もありますが、その元となる基層と言いますか、その様々な文明に分岐していく前の基礎となる文明をいろんな形で、実証的に明らかにしていると、世界の諸文明は実はかなり共通の基礎を持っているということを明らかにしつつあるということでこれも非常に注目されているグループだと思います。最後に、日本語・日本文化発信研究部門というのがあります。これも日本語であるとか日本文化であるとか、文学、思想、様々な分野の人文社会の先生方が結集して、これまでの人文社会の研究を、世界的に発信しているわけで、それもヨーロッパであるとか、アメリカであるとかアジアであるとか様々な地域で国際的なネットワーキングを作りながら、それぞれの研究を発信している。この部門が先に挙げた1、2の部門と共に発信力を持ってこの新しい機構の中心的な動力になっていくんじゃないかと考えています。

-はい。ありがとうございます。それでは、今ご紹介いただいた三つの研究部門とICRの関係を教えていただいてもよろしいでしょうか。

辻中 我々自身、二百数十名の研究者、大学全体では恐らく300、400といるような、そういう人文社会の研究者がそれぞれ個別に研究してきたわけです。人文社会の中にも今言った国際比較日本研究センターと西アジア文明研究センターと、日本語・日本文化発信力強化研究拠点、それ以外にもいくつかのグループがあります。これは本当に主要な部門で、たくさんのグループがあるわけですが、そういうグループは、個別に研究を進めるのは当然のことだし、個別に外部資金であるとか、様々な資金を得ながら研究していく。それぞれがそれぞれのネットワークを持っているっていうのはすごく重要なことだとおもうのですね。で、このICRはそれを年に何回か、ある意味でフュージョンと言いますか、融合させたり、いろんなフォーラムを設けたりすることによって全く違う角度からの刺激を与えると、そういうことができると思っています。三つの研究が一緒になる必要は当然ないのですが、ある意味で言えばトランスナショナルな比較・トランスナショナルなイノベーション、それをイマジネーションを刺激しながらやっていこうという、そういう発想では共通していますので、いろんな形でミックスする機会も設けるということと、サポートするシステムを三つそれぞれ国際的に展開していますから、いろんな意味で共通するサポート、そして共著を書いたり共同研究するようなノウハウの蓄積があるのでそれをうまく吸収しながらICRはそれを他の人も含めて、世界全体に発信していくと、そういう関係にあります。

-はい、ありがとうございます。それでは、最後の質問になるのですけれども、変化する世界と研究環境に向き合うべく、ICRの将来について一言お願い致します。

辻中 はい。まだこのICRインスティテュートは、できたばかりなのですね。そして、大学から研究力強化事業ということもありまして、何名かのスタッフのポストを頂いて、まだそれを今募集しているという段階です。そういう意味ではまだ生まれたばかりなのですね。ただ、インスティテュートというやや大きな構えを出したのはこれがある意味で言うと日本の、筑波大学だけじゃなくて日本全体の、人文社会研究の一つの大きな新しい出発点になることを考えているということですね。そういう意味で言うと研究員制度であるとか、様々な形でですね、名目的なものじゃなくて実質的にいろんな形の研究がネットワーキングされ、そして相乗効果を持つような、そういうものにICRは育つように考えていると、まあ現状はまだ数名の人たちのポストと、幾ばくかの研究資金しかありませんが、これを基にしながら、世界的に日本の人文社会科学が飛躍できるような、発信できるようなそしてイノベーションできるような一つのステップにしていきたいと思っています。

-ありがとうございます。それでは以上になるのですけれども、本日はお忙しいところ、お時間どうもありがとうございました。